平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

シンプルな暮らし、いい言葉、映画、プチプラ、ダイエット、その他日常で心に触れたものと人。

「優しい」というのはとんでもない才能だと思う。

はじめに、私は優しい人間ではないと思っています。あまり。*1

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人に優しくされると「自分はこの手の優しさに欠けるなあ」と思うし、 優しい振りをしてる自覚もあったり、面白いねと評されることはあっても「優しい」と言われた記憶があまりないというのが先述の自己評価の根拠。


そのため「優しい」を地で行く人をすごいと思うんです。

一朝一夕では身につかず

「才能」というと遺伝とか持って生まれたものと思われがちですが、訓練や努力の末、意識的に磨かれることも往々にしてあります。

後者の場合は簡単に身につくものでもなく、積み重ねた結果。

気持ちの良い人間関係を保つ上で必要不可欠な「優しさ」を標準的に持っている時点で、もれなく尊敬に値します。

 

「優しいだけの人」はいない

「優しいだけの男なんてつまらない」などという全盛期の加賀まり子さんにのみ許されそうな言葉がありますが、そもそも「優しいだけの人間」なんていません。

優しくて狩猟免許もってるとか、優しくて高速レジ打ちできるとか、優しくて貯金がすごくあるとか。「優しいけど意外と厳しい」も然り。

f:id:doronpa316:20191128155351j:plain「俺は優しいだけ」と自虐的に落ち込んでいる男性には、絶対そんなことはないんだと京都の中心で叫びます。

 

優しさ以外の何かも必要

実は私自身も若い頃、「優しいだけの男性は退屈」と思っていたフシがあります。

なぜなら光GENJIより男闘呼組だったし、青春時代に好きになった人は概ね不良っぽいルックスだったから。岡本健一派。

ヒット・コレクション
特に手の届かないような世界(バックパッカーとか競馬詳しいとかハイソなバー行くとか)の人の話は、刺激的で楽しかったのも確か。

ですが30代となった今、優しい男性って素敵!しかないです。

刺激が欲しかったら優しい男性とスカイダイビングすればいい話。優しい人は、人を優しい気持ちにさせる才もあるから素晴らしい。ともかく、優しさ以外の部分を持つことも、当人の魅力を底上げするのにとても大切だと思います。

 

自称だと胡散臭い

今まで私が出会った優しい人はもれなく「自分は優しい人間だ」とは思っていない人でした。

経験則から、自称優しい人の優しさは胡散臭いところもあると思ってます。「あなたって優しいよね」との声に「うん」と答えるのは個人的にアリ。

 

まとめ

愛をもった厳しさというものもあり、なんでも受け入れるのが優しさではありません。

優しさについて考えるほど難しくなってきましたが、優しいという漢字が「ひと」を「憂う」と書くことから、そばに寄り添うということが優しさの真髄だと感じます。

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そしてそれを自然と備えている人はやっぱりすごいと思う今日この頃。



本日の名言。

自分自身に対する誠実さと他人に対する優しさ、すべてはこの二つに包括される。

孔子

 

*1:もちろん優しさゼロだとも思ってませんが