平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

シンプルな暮らし、いい言葉、映画、プチプラ、ダイエット、その他日常で心に触れたものと人。

なんとなく違和感を覚える言葉と我が矛盾について。

日常で耳にした時、なんとなーく違和感のある言葉ってありませんか?

本記事はそんな言葉と、それを使っている自分との矛盾にツッコミながら綴った備忘録です。

 

 

「自己責任」

何を食べるか、どんな過ごし方をするか。余程の不可抗力を除けば、どう考えどう行動するか、最終的にはあくまで本人が決めること。

「責任」というと重くなりますが、選択したことの結果は自分に返り、自分が味わうものです。

貸したお金を返してもらえない時、他言無用で打ち明けた秘密を口外された時、甘い言葉に騙された時。

「なんてことを!」と思うのは自然なことであり、返さない人、秘密を明かす人は倫理的にアウトですが、相手を信用して「貸す」「話す」と決めたのは自分自身。

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ということで、自戒では使えど他人への念押しには使いません。私も人のせいにしたくなることは多々ですが、人生は概ね「自己責任」だから。

組織で上にいる人間がこれを使う時、まさに自らの責任から逃れるために使っているフシがあるので更に違和感。

 

 

「無駄」(即断で)

自分の行いに対して無駄と思うことはあっても、人の行いを「無駄」と即断でハッキリ言えてしまう人をやや残念に思います。

ゲームが趣味の人と釣りが趣味の人。

仮にお互いを「無駄なことに時間を使っている」と思ったとしても、本人にとってそれが有意義なのであれば、周囲が安易に無駄認定するものではないような。

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「無駄だった」という考察が得られただけでも無駄じゃないというか、場合によっては「無駄と思う気持ちが無駄になる」こともあるというパラドックス。

 

「偽善」

 「偽」という漢字は「人」の「為」という字で成り立っています。人のためと言いつつ、行動理念の内側にあるのは「自分のため」という感情。

偽善だろうがお節介だろうが、人の気持ちに気づいて行動できない人よりできる方がよいという理由に尽きますが、「偽善」なんて揶揄しなくても広義的に「善」ならそれで良いと思うのです。

そんなことを過去記事にも書きました。

 

「クソ」

英語だとF*ckとかSh*tと訳されるので、当然ながら使うべきではない粗野な言葉。

ブログに関して、自分の不満足な記事を「クソ記事」と言う人がいますが、せっかく書いたものにあえてそんな俗称をつけないで…と個人的には思っています。

人を中傷するようなものや、煽り文章のブログはその二文字が適している気もしますが。

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最近腹立たしい出来事があったので、いけない言葉と思いつつ「クッソむかつく」と言ったばかりです。使ってみたらすごくスカッとしました。

一年に一回ぐらいはいいですよね。ああ矛盾。

 

 

 

まとめ

マイナスイオンを放ったり、人を打ちのめす凶器になったり。言葉は人間関係においてあらゆる可能性を持っています。

ブログを始めてから益々意識するようになりましたが、やはり同じ使うなら、精神衛生上よいものを。

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本日の名言。


人間生活にはムダなものがかなりあるが、そのムダなもののために情緒が生まれ、うるおいができ、人の心がなごむようなものがある。


遠藤 周作