平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

シンプルな暮らし、いい言葉、映画、プチプラ、ダイエット、その他日常で心に触れたものと人。

震災に関する言葉たちを噛み締めて思うこと。

東北地方太平洋沖地震から7年が経ちました。

震災から数か月経った頃、糸井重里さんの「ほぼ日刊イトイ新聞」の言葉を読み、とても心に沁みたのを覚えています。

誰に言うものなのか、よくわからないのですが、この3月に、ほとんどの人たちが、「この痛みは、みんなで分けよう」と思ったはずです。

その覚悟が薄められていかないようにと、ぼくは、しつこく東日本大震災のことを言っていきます。

 

力もないし、できることしかできないですが、「忘れない」こと、「分け合おう」ということくらいは、続けてやっていきたいと思います。

言いたいことがあっても口を真一文字に閉じて、前を向いて歩み出している東北の仲間たちを、ぼくはほんとうに尊敬します。

ほぼ日刊イトイ新聞より

忘れないこと


関西人の私はあの日大きな揺れにも遭わず、電気もガスも水道も使えて、携帯電話も繋がっていました。

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関西でも罪悪感や無力感に苛まれた人は多かったと思いますし、当時の自分がどういう心境だったかはかなり明確に記憶しています。

震災と向き合う時間や機会が少ないからこそ、犠牲となった多くの命に生かされているという意識を持ち直さねばならないと思うところです。

メディアについて

震災の特番の在り方自体に賛否があったり、「復興」「鎮魂」と銘打てば何でもありなのかという議論も至るメディアで耳にします。

しかしながらそれ自体が、被災地から遠い場所に住む私にとってはまさに薄められないために必要なものでもあるのです。

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震災に関するデマやチェーンメールが関西でも飛び交い、一体自分に何ができるのか、当時もすごく混乱しました。

募金や防災チェックなど、メディアから教わることが多々あるのも事実。

自分にできることを落ち着いて選択して、できるだけ実行する。そんな気持ちや記憶を周りと共有するだけでも、きっと意味はあると思います。

大事なこと


一番大切なのは、寄付だろうとボランティアだろうとビジネスだろうと、東北地方や被災者の方々に、平穏無事な日々が続いていくことなのだと思います。

阪神大震災、更には東日本大震災を経て、ごくごく普通に生活できるということはすごく幸せなことなんだと意識するようにはなりました。

感情を言葉にすることや、時間が許す限り一人でも多くの人と会いたいと思うようになったのは、震災の影響もかなり大きいところです。

 

まとめ


「被害の大きさや抱えている課題、復興のスピードなどはそれぞれ。捉われすぎてもいけないし、絶対に3.11を忘れてはいけない」

という被災した東北の友人の言葉も響きます。

穏やかでより良い一日を。

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今日の名言。


寒さにふるえた者ほど太陽を暖かく感じる。人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る。

ウォルター・ホイットマン