平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

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「ありのまま」って、丸ごと自己肯定で良いのでは。

「アナと雪の女王」が大ヒットし、「ありのまま」というフレーズが大流行しました。ありのままの自分ってじゃあ一体どういう状態なんでしょう。

「ありのまま」という言葉の多様性を自分なりに噛み砕いて考えたら難しくなったので記事にまとめてみました。

 

 

ありのままの通念

相手に好かれたくて取り繕ったり上司の前でいい顔をしてみたり、はたまた好きな人の前で消極的になってしまったり、モメるのが面倒だからグッと我慢したり。

こういうことを聞くと「本来の自分ではない」「ありのままの自分にフタ」といった印象を持つ人が多いのではないでしょうか。

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概ね「ありのまま」ではない

前述のように私たちは色々な大義名分のもと、生きづらくならないため、ともすればより良く生きるために創意工夫して「自分」を加工しています。

ありのままで生きるにはうまくいかない問題が発生するから、自分をうまい具合に修正・操縦しているという現状。

それを回避するために猫を3匹くらい被る自分も含め、「本来の自分だと色々不都合なことがある」という事実含め、そういう厄介な面があってもまあ良し!という自己受容こそが「ありのまま」の真髄だと私は思っています。

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「ありのまま」は自分そのもの

今がどうあろうと、むしろ今の自分を否定することは精神衛生上よいことではありません。

というわけで無条件に「ありのままの自分」を受け入れたら良いのでは、と個人的には思っています。

もちろん日常的にガチガチに武装していると「ありのまま」とは言い難いわけですが、基本的には「ありのまま」はいつでもどこでもつまり自分そのものです。

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とはいえ、「本来の自分に近い自分」を認めてくれる仲間がいること、安心が保障される居場所があることは、これもまた心の健康のために大切なこと。

無理しない、努力しないありのままではなく、自分に素直になることやそのことを理解してくれる人がいる、そういう世界を作るための努力は必要だと思います。

まとめ

自分を基本的に俯瞰している私ですが、傍目から見た自分を胡散臭いなーと思うこともあります。

そんな自分もひっくるめて自分のことがとても好きです。

ありのままじゃなくなる方が賢明な時もあるし、自分の立ち振る舞い云々より「感情をありのまま」捉えて行動することこそが、もうありのままと言ってでいいんじゃないだろうかと思う今日この頃。



本日の名言。


ありのままの自分を見せるほうが、ありもしないものに自分を見せかけようとするよりも、ほんとうは得になるはずなのだ。


ラ・ロシュフーコー