平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

シンプルな暮らし、いい言葉、映画、プチプラ、ダイエット、その他日常で心に触れたものと人。

時には「まあいいか。」という選択肢に癒される。

いつもお昼に記事が公開されるよう、予約投稿の設定をしているのですが、記事そのものは概ね前夜に作成しています。

ですが、やむを得ない事情により今夜書いたものを今夜投稿しようとしていて、つまり昨日の夜、今日投稿するブログを準備できなかったということになります。

 

 「まあいいか」を紐解く

頭をよぎったのが「まあええかな。」という諦観に似た気持ち。

「諦め」という言葉からは一般的にネガティブな印象を受けます。もちろん諦めずに最後まで何かをやり遂げるという姿勢はとても大切。

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ですが「諦め」や「まあいいか」には、決してそういう消極的な面だけではなく、前向きなニュアンスもどこか含んでいるもの。

色々なことを悟って執着を捨てるとか、手段を見直すための切り替えとか毒気を抜くとか。

今回の一件でそういう見方があると学んだ気がします。

 

事実を受け入れる手段として

自分のミスやトラブル全体を投げ出すためではなく、曲がりようのない目の前の事実を受け入れ、その領域で最善を尽くすための一歩になってくれる言葉かもしれません。

自分に厳しい人や繊細な人にこそ、肯定的に物事を見るために使えると思った次第です。

「まあいいか」の後に「どうにでもなれー!」と続くと本末転倒です。そして多用はもちろん禁物。諦め癖がついてしまうことも。

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諸行無常だからこそ

世の中は絶えず動いています。思い通りにいかないことは、あって当たり前。「まあいいか」という選択肢に癒されることもあるのです。

できなかったことの裏には絶対に「できたこと」があります。

どちらかに対して頭でっかちになることもなく、無理やりポジティブに考えるのでもなく、出来事と共に前進するための力を失わなければいいのかなと思います。



まとめ

私は自分に甘い性分なので「まあいいか」という言葉に頼ることなく、現実をケロっと受け入れています。

結局書いてる…と自分でも思うのですが、一周回って「書いた方がスッキリする」ような気がしたので今に至りました。

アクセス数が激減するのではという一抹の不安もありましたが予想よりはそうでもなかったので、本ブログをお昼投稿だと認識していて、今日のお昼に「あれ?」と思った方がいて下さったとしたら、それだけでもう控えめに言って最高です。

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今日の名言。


私が人生を諦めて、自分一個の幸不幸などはどうでもよいと悟って以来、少なくとも人生は、私にやさしくしてくれるようになった。

ヘルマン・ヘッセ