平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

シンプルな暮らし、いい言葉、映画、プチプラ、ダイエット、その他日常で心に触れたものと人。

自論を持つのはいいけど、ちゃんと余白も残したい。

「持論」というツールは人生においてとても役立つと思っています。自分の方向性を作るという分野においては特に。

私自身も持論や主観でモノを語ることはもちろんありますが、それを誰かに発信する時に気を付けたいと思う機会があったので、記事にまとめてみました。

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「信じるもの」があるのは強い


自己研鑽
に努めてきた人、多くの書籍を読んで来た人、誇れる知識やたくさんの経験がある人。そういう人のこれまでが積み重なってできた持論は、ある種の財産だと思います。そういう方の話を聞くのも好きです。

これだ!と自分の脳みそを使って確立した持論は何より信用できるものであり、信じるもの(持論)があることの精神的強みも分かります。

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決めつけないで


「こういうタイプの人はこうだから」と思うのは勝手ですが、その主語が特定の相手であり、「あなたはどうせ●●だろう」という使い方には要注意。

「見下されている」「自分への理解を放棄された」と相手が感じる大きなリスクが存在します。

経験則から導き出した答え、持論、信じるものを時々ブログにてアウトプットもしますが、「それが正解だと信じて疑わない」物言いをしないよう余白を残そうと努めているのは、自分が相手の持論に傷ついた経験があるからです。

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ポテチはうすしお味!とかそういう持論(?)なら平和的で良いと思うのですが、人がテーマのもの、自分以外の誰かを巻き込むような内容であれば、「そうではないかもしれない」という視点を用意しておくべきだと思っています。

 

一方的強め持論多用のリスク

 

  • 事実をねじ曲げる
  • 目新しさがなくなる
  • 暗示にかけられる人間もいる


持論で考えを決めつければ、考える必要がなくなる意味では楽。一方で、持論には盲点も多いもの。

また、迷いのない清々しい言い方は人を傾倒させる可能性も含んでいて、相手の気持ちの余白すらも潰してしまうことがあるのです。

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決めつけパラドックス


行動や感情から理論が導き出され、理論に基づき行動や感情が生まれる不思議。

更に言えば、決めつけられた!というのも決めつけであり、押しつけがましい持論は良くない!というのも決めつけと言えば決めつけです。

このことから、外部の意見や情報に触れるという行動を積極的に起こし、持論や知識を更新していくのが好ましいと漠然と思った次第です。

 

まとめ

私が日々ブログに書いていることも「持論」ということになります。

こういう考え方をする人間もいるよーという意味合いで伝えたい「自論」はたくさんありますが、自分のそれが全てではない、ということを肝に銘じておきます。

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言い切り型で話を展開する方が、ブレない強さや主体性みたいなものが感じられるので、戦略的なケースの場合はかなり有効。

そうではない場合なら、人間関係を冷めさせてしまう気がするので「余白のない物言いの持論なら要らない」という自論を、備忘録がてら残しておきます。




本日の名言。


誤解は、議論をもってしては永遠に解けない。

気転、外向性、慰め、いたわり、そして、相手の立場で同情的に考える思いやりをもってして、初めて誤解は解ける。

デール・カーネギー