平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

シンプルな暮らし、いい言葉、映画、プチプラ、ダイエット、その他日常で心に触れたものと人。

『ならぬもの十訓』に自分を当てはめて考えてみた。

歳を重ねれば重ねるほど、あらゆる世代の人と関われば関わるほど、祖父母からも教わった「謙虚であること」の重要性を感じています。

居酒屋のトイレかネットか、はたまたお寺の掲示板か、どこで知ったか忘れたのですが「ならぬもの十訓」もまた、そんな謙虚な日々の大切さを教えてくれるものでした。

以前記事にした近藤勇の「人の道」ともよく似ています。

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ならぬもの十訓

一.  忘れてはならぬもの「感謝」
二.  言ってはならぬもの「愚痴」
三.  曲げてはならぬもの「つむじ」
四.  起こしてはならぬもの「短気」
五.  叩いてはならぬもの「人の頭」
六.  失ってはならぬもの「信用」
七.  笑ってはならぬもの「人の落ち度」
八.  持ってはならぬもの「ねたみ」
九.  捨ててはならぬもの「義理人情」
十.  乗ってはならぬもの「口車」

 

我が身を振り返って

個人的なところで言うと、2と8修行が足りないと自覚する項目。

「愚痴」は極力言わないよう気を付けていますが、毒出しという役割で時には必要なものだとも思っている私。そんなことを記事にしたこともありました。

自分を救済する措置として、愚痴を言いたい気持ちに力づくでフタはしません。
「ねたみ」に関しては定義が難しいと思いますが、自分にはない才能を持つ人を羨んだり、純度100%の気持ちで人の幸せを喜べないこともあります。

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愚痴ってはいけない、妬むなんてダメな私…と否定もせず、フラットな目線でそういう自分も受け入れることにしています。

3についてはまず「つむじを曲げる」意味が分からなかった私ドンマイ。

義理人情と口車

「義理人情」に厚い人は、欲深い人からうまく乗せられたり、裏切られたりすることもあるかもしれません。ただその時に「口車に乗せられた」とすら感じないような気もします。

なぜなら私の周りの義理堅い人は、もれなくプラス思考だから。

「義理人情」というと日本的でどこか響きも古いイメージですが、どれだけ時代が変わろうとも根っこからこれがなくなる日はないと思っています。

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捨てることはない自信はありますが、殊更大切にしたいもの。

 



まとめ


あくまで私見ですが、こういう訓示的なものは概ね「人間がもつ二面性」みたいなものと、「個人のフィルタを通して物事を判断していること」の隙を突いている気がしています。

環境や心理状態の変化で気持ちに整理がつかない時もありますが、中間地点に立って「決めつけずに事実をあるがまま見る」という意識も大切ですね。

個人的にとらえている「謙虚」は広義的なので、これもまたいつかブログに書けたらなと思っているところ。

 

本日の名言。


謙虚というものは、人の前で、己を無にするとか低く見せることでは絶対にない。むしろ自分の責任において、己を主張することだ。つまり、謙虚は権力とか他人に対してではなくて、自分自身に対してこそ、そうあらねばならないんだね。

岡本 太郎