平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

シンプルな暮らし、いい言葉、映画、プチプラ、ダイエット、その他日常で心に触れたものと人。

「向き不向き論争」が自分の中で巻き起こった時。

新卒入社3カ月の青年が「向いてないから辞めたい」と言ったら「はや!」とツッコみたくなる先輩もいるでしょう。

「向いていないという思いは、甘えや怠けから出るものだ」と聞いたことがありますが、私はそうは思いません。

なぜなら私がめっぽう自分に甘く、感覚的に生きているからだという散文です。

何を基準に判断するか

保険のセールスレディを8年間やっていた友人が「向いてないと確信が持てた」と言って退職しました。彼女は判断までに2,920日かかった計算に。

なぜそう思ったか聞いてみると、理由の一つに、入社間もない頃から「向いていない、辞めようかなという思いがずーっとくすぶっていた」という事実があったそうです。

f:id:doronpa316:20171213121828j:plain

そして彼女曰く「直感的にそう感じたことは、覆ることはあんまりない」とのことで、何となくその気持ちが分からなくもなかった私です。

身もフタもない言い方ですが、根拠や条件で考える「向いてない」より、最後は結局感覚的なもので答えを出していると思うのです。

浅く広く見る

とは言え、カレーを作るのが不得手だからといって料理に向いてないとは決めつけられないし、人見知りなのに業績の良い営業マンもいるわけで。

f:id:doronpa316:20171213121748j:plain

その社風が向いていないだけで業務にはワクワクできるとか、お給料はいいけど人間関係がストレスとか。

直面した問題を「向いてない」とそのまま捉えるのではなく、そう感じる理由を探して、その負荷と、元気な自分とが折り合いをつけられないのであれば(その環境が)向いてないと判断して良いと思っています。

自他共に決めつけない

仕事でも私生活でも、今の環境に100%満足している人の方が少ない気がします。だからこそ、良い面や得意な面にも目を向けてあげることは大切。

「生きることに向いていない」と言っていた人は、生きることを続けた結果、以前より溌剌と生きています。実際問題、私はブログ執筆に不向きと思いながらも書く楽しさやワクワクを味わっています。

続ければ見えてくることもあるのは確かなようです。

f:id:doronpa316:20170905231403j:plain


まとめ

向き不向きがあり、得意不得意はあるものです。ただ、向き不向きを他人が決めつけることもないと思います。

「あの人にこれは向いてない」と思うのは個人の勝手ですが、「向いてないよ」と他人に投げかけるのは、出来る限りやめた方が良いような気がしています。

「向いてない迷路」をどう掻い潜っていくか、その先で何を見つけるかに注力するのも、宝探しみたいで楽しそうです。

f:id:doronpa316:20171213122933j:plain



今日の名言。


才能や能力などではなく、その精神によって、それぞれの人生には大きな差ができる。

リチャード・ニクソン