平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

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「巧詐は拙誠に如かず」の言葉が武器と防具になる。

「巧詐(こうさ)は拙誠(せつせい)に如かず」という中国の故事成語があります。

解釈:巧みにごまかしたものは、つたなくても誠意のあるものには及ばない。


更に砕くと、下手な嘘をつくくらいなら正直にした方がいいという、戒めと教訓のようなもの。武器としても防具としても生きていく上で必要になってくるのは「巧詐」より「拙誠」だという解釈と共に考えてみました。 

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勝手に考察


色々と考えを巡らせてうわべを取り繕うための可愛げのない「巧詐」は、その場しのぎになることはあれど、かえって良くない印象を与えてしまうことがあります。

かたや「拙誠」は、たとえ器用さや派手さがなくても心がこもっていること、正直であること。周りを見ていても、人から支持され愛されている人は、確かにもれなく素直です。

ただ、誠実さを振り回せばそれは「巧詐」に近くなるものだとも思います。



思想家・韓非子の話から


「巧詐不如拙誠
(原文)という言葉は、こんな話から生まれたそうです。


約2,500年程前の中国、ある貴族が狩りをしました。貴族は子鹿を捕らえ、ご満悦でしたが、心配した母鹿が後をついてくる。不憫に思った心優しい家来が子鹿を母鹿に返してやりました。

怒った貴族は家来をクビにしましたが、3ヵ月後に呼び戻して息子の教育係に任命しました。不思議に思った他の家来が理由を尋ねます。

「鹿にすら優しいのだから、人間にはもっと優しいであろう」と貴族は答えました。

巧詐は拙誠に如かず


「人間不信哲学」
「超現実主義」とも言われている韓非子の言葉だからこそ、より重みが感じられる気がしますね。

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人の心を押し動かすもの


知人の祝賀会に参加した時、お決まりの「代表者からのスピーチ」というものがありませんでした。

その代わりに、主役が出席者の名前が書かれたクジを引き、当たった人が即興で祝辞を述べるという心臓バクバクの催しが。もちろん当たった人は何も用意していないので、マイクを向けられしどろもどろ。

ですが、不器用で途切れ途切れだった言葉には感慨や友情、心がこもっているのが伝わりました。

「巧詐」や「取り繕う」とは異なる話ですが、素直な心を添えるということが、結果的に周りの胸を打つものになるのだと思えた出来事でした。

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まとめ


現代社会では良くも悪くも「巧詐」が横行しています。それゆえ、正直者が泣きを見る場面と、正直であることで報われる場面の双方がこの世界に存在します。

「巧詐」は一時的に効果があるだけで、長い目で見れば今も昔も「拙誠」が勝つと期待されているというのが個人的な所感。そんな世界の話はまたブログで書けたらなと思っています。

とりあえず、私も日常的に小さい嘘をつきがちなので気を付けないといけないなと思っているところです。

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本日の名言。



わずかばかりの誠実さは危険、度を越した誠実さは致命的。

オスカー・ワイルド