平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

シンプルな暮らし、いい言葉、映画、プチプラ、ダイエット、その他日常で心に触れたものと人。

「贅沢」は必ずしも「満足」に繋がるものではない。

友人の一人が旦那様と海外で暮らしています。仕事の都合で運転手さん家政婦さんつき、プレスクールに通う子供2人は英語も話せるとか。

一見するとラグジュアリーな暮らしですが、プライバシーも自由もない窮屈さに長年悩む彼女は「贅沢な言い分だと分かってるけど、それでも贅沢と満足は別」とよく言っています。

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贅沢と満足

友人の場合はどうにもならない事情があり、生まれた環境や置かれた立場で「贅沢」の尺度は異なりますが、贅沢が必ずしも満足に繋がらないことは確か。

お腹がぺこぺこの人に「3日後に高級イタリアンをおごってあげる」と約束するより、塩むすびをその場で差し出してあげる方がよほど喜んでもらえる気がします。

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「贅沢」を選ぶ時

死ぬまでに絶対に見たい世界遺産や絶景スポットがたくさんあります。お金もかかりますが、実現すれば確実に心が満たされることでしょう。

たまにする贅沢で心の満足が手に入るならそれも良し。ワクワクすること、好きなこと贅沢に過度な抵抗感を抱く必要はなく、素直に「贅沢」を選んでも良いと思っています。 

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私の場合、「今日は贅沢しよう!」と思っても結局いつもとあまり変わらず不完全燃焼だったり、ちょっと使いすぎたかな…とそわそわすることもあるため「中途半端にお金のかかる贅沢はしないこと」が満足に繋がることもあります。

貧しさと対義するもの

高級車を乗り回すセレブ社長が社員を軽んじるような言動をすれば、社員からの信頼は手に入りにくく、心からの尊敬は得られないような気がします。

表面的なもので満たされていても、貧乏の対義語は「豊か」であって「贅沢」ではありません。生きていく上で目指すものは「満足」であって「贅沢」ではないということですね。

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シンプルこそ贅沢

夏に引越し、断捨離でモノを徹底的に減らしました。そこで得たのは「要らないものをどんどん捨てた後の満足感」という、これもまたひとつの立派な贅沢でした。モノの少ない部屋は、私にとってはある意味絶景です。

服や食器を減らせば、選択に悩む時間をカットできます。モノが減ると維持費もホコリも減り、あらゆる手間が少なくなってエネルギーの消費も最小限。

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いろんなことから身軽になって時間が確保された分、映画を観たり、好きな人と会ったり。心が和む穏やかな時間こそ、贅沢なもんだなあと感じます。

まとめ

慈善の精神などというものはありませんが、レジでお釣りの端数が出たら時々そのまま募金箱へ入れることがあります。これはただの自己満足です。

それでも「お金が減る行為」だとか思うことはなく、むしろああなんかいいことしたかもしれないなあ、と気持ちが満足する感覚を味わってほくそ笑んでいます。

「満足とは心の贅沢のことをいう」という言葉はまさに。

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本日の名言。


快楽は一種の贅沢である。これを味わうためには、必需物である安堵が、少しでも脅かされてはならない。

スタンダール