平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

シンプルな暮らし、いい言葉、映画、プチプラ、ダイエット、その他日常で心に触れたものと人。

普通であることのありがたさと「知足」という言葉。

他の人の人生と自分の人生を比べることはできないし、自身を不幸だと思ったことはありません。

ですがそれなりに波乱万丈と思われる経験をしたとは思っていて、数年前「世の中にこんな出来事が本当にあるのか」と思うような貴重(壮絶?)な事件も我が身に起こりました。

朝、いつものように一杯のコーヒーを飲みつつ「普通であることはありがたいこと」という話を書こうと思います。

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普通とは


そもそも「普通」とはどういう状態のことを言うのかと言われたら、その基準は個人の感覚に依存するもの。私たちは日常において自分の都合の良いように「普通」という言葉を使い分けているので、その辺は実に曖昧。

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一般的で波風が立たず穏やか、これといったことも特になく当たり前な感じを「普通」と仮定して本記事を書いていきます。


刺激は作れる


平凡な人生と刺激のある人生、どちらが良いか
という質問がよくありますが、前述のこともあり、私は絶対に「平凡な人生」と答えます。

非日常なこと、ちょっとした贅沢、笑いのエッセンスなど、日常に刺激や彩りを与えるのは自分自身で出来ること。一方で、平凡というのは得がたいものだと思えたからです。

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非凡な事情にもよりますが、私も実際に寝不足になったり、食欲なくなったりもしました。刺激が強すぎたら疲れます。体力のある若い時に色々経験しておくというのは、そういう意味でも良いのかもしれません。


知足


過去記事にも書きましたが、「知足」という禅語が好きです。 

足りないものに目を向けるのではなく、与えられたものを大切に「足るを知る」ということは、幸せに生きるための近道なのだと思っています。

断捨離後、モノの少ない暮らしをしていて益々思いますが、人間が生きていく上で必要なものは思ったほどは多くない気がします。

 

普通・当たり前は有難い


自分で見て歩いて聴ける。健康な体と共に「普通の生活」を送っていられること。当たり前なことは当たり前ではなく、瞬間的にそうなっているだけの話なのかもしれません。

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体調を崩した時に健康のありがたみを感じるということも勿論大切ですが、「有難い=有るのが難しいぐらいすごいこと」という本質を忘れず、中長期的に普通のありがたさを見つめられたら理想的だなと思います。

私自身、意識しないと日常が「当たり前」になってしまって「ありがたい=感謝」の気持ちも薄れてしまっているのですが。

 

まとめ

若い頃は「普通に生きる」ということに対して、どこか平凡とか面白みがないとか輝いてないとか、そんな風に思っていました。

前述の貴重な体験から、「普通」ということが実はとんでもなく大きな価値を持っているんだなと痛感する日々です。

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本日の名言。


今日一日、怒らず、恐れず、悲しまず、 正直、親切、愉快に生きよ。

中村 天風