平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

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裁判の傍聴席から眺めた人間の陰と陽、正義の話。

元同僚だった友人が原告となり訴訟を起こしました。被告も同じく元同僚。本人尋問で出廷することになった時「不安だから一緒に来て欲しい」と言われ、傍聴席から眺めた裁判模様。

傍聴が趣味でもない限り行くことはない、「法廷」という場所から見て感じたことを備忘録がてら書くことにします。

人間の優しさと強さ

敗訴になるかもしれない不安、かかる年月、勝っても訴訟費用の方が高くつく可能性などから多くの人が泣き寝入りしがちなケースでしたが、「お金は要らない、ただ謝罪の言葉が欲しい」と、覚悟を決めて闘った彼女。

過程を見守りつつ、一点の強い信念がここまで人を突き動かすんだと改めて感じました。

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ちなみに裁判は平日。友人に同行を求められた時は有給を取るつもりでしたが、何と仕事で自分の管轄する大きなイベントと重なることが判明。

当時の責任者にありのままを話し、ダメ元で「休みを取りたい」と申し出ると、食い気味に「絶対にそっち(裁判)に行って下さい」と言われ、その優しさにも勝手に感無量。

人間の危うさ

詳細は割愛しますが、被告の主張は「数名の社員が私を陥れるための策略的なでっち上げで事実無根」というもの。そして「数名の社員」には私の名前も挙げられていましたが、身に覚えはありません。

私欲で人を傷つけ、様々なプレッシャーから自分を守るために嘘もつく。人間の誰もが自覚なく持っている弱さをやたらリアルに感じました。

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そして皮肉なことに「私は絶対そんなことはしない」と言い切れない自分の陰の部分に気づいた時間でもありました。

弁護士先生の言葉

裁判終了後、少しだけ弁護士の方と話しましたが、印象に残ったのが「法は弱い人の味方ではなく、法律に詳しい人間の味方」という言葉。

個人的にはなんとも悲しい現実。ですが、その通りだなと思う出来事も身近でチラホラあるものです。

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また、法曹界の人には当たり前なんだと思いますが「被告側の弁護士は知り合い」という発言も結構衝撃的でした。

被告も原告も弁護士も皆同じ人間ですが、そのうち裁判官はAIになるんじゃないだろうかとふと思った次第です。

まとめ

裁判員制度も始まり、裁判は思った以上に暮らしの身近にあるもの。実際に2名ぐらい傍聴マニア?みたいな人もメモをもって傍聴席に来られました。

「法的な正しさ」に触れて益々思うのですが、「正義と悪」は相対する言葉ではなく、むしろ同じ線上にあると言えるのかもしれません。

法律の知識もなく、正義が何かなんてことは結局よく分かりませんが、「できることで人を助け、支える」というのを自らの暫定的な定義にしようとは思います。

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本日の名言。


正義とは実は簡単なことなのです。困っている人を助けること。ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を「正義」と呼ぶのです。

やなせ たかし