平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

シンプルな暮らし、いい言葉、映画、プチプラ、ダイエット、その他日常で心に触れたものと人。

自嘲・自虐・卑下に見る、自分の弱さとの向き合い方。

先日幼馴染みと会ったのですが、会えなかった間に我が身に降りかかった割と強烈な出来事を聞いてもらいました。笑いのネタにでもしておくれ、ぐらいの温度感で話したところ二人とも大爆笑(それはそれで若干複雑ですが…)

今日は自分の弱さを見つめるにあたっての感想を綴ります。

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余裕を感じる自嘲


自虐や卑下に比べると、最も「自己完結」に近いイメージで、自嘲できる感情の余裕があるという印象を受けます。

他人でなく自分自身をターゲットにして「笑い」まで昇華させるには、機転や知性、ユーモアといったものが必要。自分に欠けた部分を笑える人は、むしろ強く優しく、良い心意気の持ち主に見えて好感度が高いです。

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笑いも呼べる自虐


「自分はこういうところが全然ダメ」という一言だけでも、ただ自分を落とすだけなのか、コミュニケーションツールとして使っているのかで印象はガラリと変わってきます。

発言する人や関係性によって相手の受け止め方の都合も変わってくるので何とも言えないところはありますが、最近では自虐風自慢という言葉まで出てきているとか。

個人的にはこういう言葉が出てくること自体がちょっと面倒臭いです。

d.hatena.ne.jp


卑下は戦略的


卑下する人は結構生々しく自分を落とす気がします。

かける言葉もない時があって心が傷んだり、場合によっては「私はこういう人間なので優しくして下さい」無言の圧みたいなものを感じることも。

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戦略的なのか無意識なのかは分かりませんが、自分を守るための予防線に見えたり、はたまた相手を操作するための線にも見えたり、場合によっては無敵の有刺鉄線にも見えるわけです。


まとめ


字面だけで見ると、「自虐」って自分を責めたり痛めつける感じに見えるので、本質的には「自嘲」の方がしっくり来る気がします。どちらも自分という対象を客観的に観察した上での行動ですが、聞いてる方がツッコミを入れられるぐらいの隙間は持たせておいた方が良さそうです。

私が幼馴染みの二人にした話も、事後数年経っていたので、自分の中で何の後腐れもなかったからこそ笑ってもらえたのかも。

何でもかんでもネタにするのが得意な、生粋の関西人で良かったなと改めて思います。


本日の名言。



愚かな知恵者になるよりも、利口な馬鹿になりなさい。

ウィリアム・シェイクスピア