平日お昼にサッと読む どろんぱの散文

シンプルな暮らし、いい言葉、映画、プチプラ、ダイエット、その他日常で心に触れたものと人。

「昼の光に、夜の闇の深さが分かるものか。」

記事タイトルはニーチェの言葉です。

「分かるものか」という言葉のニュアンスから、何となく闇の視点の言葉なのかなーと思ったこともあり、過去の経験から色々な想いが脳内を往復しました。

近い言葉を言われて


身近に精神疾患を持った人がいました。日本の精神疾患患者の1割未満とも言われる特異な障害で、初めて聞く名前のものでした。(元々知識はなかったけども)

手前味噌ですが、私は明るく楽天的な人間です。落ち込むことも滅多になく、寝たら忘れるストレスフリーな性格。

それも手伝って当時の私は、ポジティブが正義!とか、LOVE&PEACEぐらいのヒッピー的?な温度感とテンションで相手を励ましていました。

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その時に言われた言葉が、この記事タイトルに限りなく近いもの。言われた瞬間、「そりゃそうだ」とハッとしたのを覚えています。

光も闇も視界に入る


前述の知り合いと共に、とある機関に相談に行った経験もあります。そこで専門医が患者と私を対比するのに使った表現が下記の通り。


水もなくカラカラに干からびた暗い井戸の底に人がいる。見上げると唯一、輝いている月だけが見える。

一方の月からは、井戸も街並みもそこで暮らす人々も、全てを見渡すことができる。

それくらい、二人の住む世界は違う。

 

 

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言われた瞬間は、見えない線がはっきり引かれたような気がしました。が、よく考えるとお互い視界には入っているということ。「全く分からない世界の話」ではないのでは、と思ったのです。

 

分かりたいと思う人間もいる


「どうせ言っても分からない」と思ってしまいがちな方もたくさん見てきましたが、闇がなければ光の意味はないし、光があるところには必ず闇ができるもの。

光と闇の正負は置いといて、「分かりたいと思っている人がいるということ」を分かってほしいと思うのは決してエゴではないと思いたい。お互いが知ってほしいと思っていない場合を除けば。

私は分かりたいと思いながらも自分の非力さを痛感しましたが、そういう意味では、夜の闇もまた、昼の光の悩みは分からないことになります。

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昼と夜は繋がっている


極論ですが、「昼」と「夜」で単純に例えるとその境界線は曖昧です。むしろ昼も夜も同じ一日の中にあります。

どんなものでも、経験は今の自分を形成してくれるもの。無知さも手伝って「昼の光」側に例えられた経験と、そこから得たものを大切にしています。

デリケートな問題なので言及するのが難しいですが、願わくば、心の病や障害について社会単位でもう少し理解を深める機会が増えればと思います。
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本日の名言。


やさしさを持った人は、それ以上の悲しみを持っている。

明石家 さんま